無一文から富豪になったエジソン そのきっかけは

2016.07.27

電気投票集計機(特許第1号)の売込みに失敗し、無一文になった22歳のエジソンはニューヨークに出ていき、ウォール街にある相場電信会社に就職しました。その会社でエジソンは株式相場の電信表示機に目をつけたのです。 株式相場にとって生命線ともいえる電信相場表示機は欠陥が多く、さっそく彼はその改良に取り掛かりました。

改良された電信表示機はエジソンによって「ティッカー」と名付けられ、特許をとります。(これがエジソンの特許第2号となります)

この「ティッカー」の素晴らしさを知った相場電信会社の社長は、直ちに

エジソンの持つ特許を買取る手続きに入りました。

エジソンはこの権利の売値を5,000ドル(現在価値で約15百万円)と考えていましたが、この会社の社長の言い値である40,000ドル(約1億2千万円)

という破格で売ることができたのです。

無一文だったエジソンはこのときアメリカンドリームの体現者の一人となったのです。

エジソンはこのとき得たお金を元手にして、工場や研究所を造り、事業発明家の道を歩き始めたのです。(エジソン22歳)

スタッフO

Museum Diary